チャリティーパーティの原点(アメリカ同時多発テロ事件2001年9月11日)

この活動も老人ホームでのパフォーマンスを皮きりに2012年で9年目になります。

老人ホームでは母の日に近かったこともあって、カーネーションを差し上げたり、ダンスショーの他に、懐メロの歌を熱唱したり、クラッシクバレエやメイクなども行いました。化粧後のおばあちゃんの「恥ずかしそうな、嬉しそうな小さな笑顔」を今でも覚えています。
痴ほう症のおばあちゃんには「誰が私の前で踊れと言った」と怒鳴られた生徒もいたりと、懐かしく、微笑ましい思い出です。
※近所の花屋さんにも協力して頂き、1輪ずつとても綺麗に包んで頂きました。 また割引もして頂いています。すべてが皆の協力がないと出来ない事です。

私はNYで911テロを経験し、このような活動を始める事を決めました。

今でも鮮明にその日の事を覚えています。
朝9時頃生徒から電話があり、「テレビをつけて」、テレビを見ると旅客機がビルに激突する映像が何度も繰り返される。
最初は映画の1シーンだと思いましたが、すぐにそれが現実であると気づきました。 とにかく今NYはどうなっているかと思い、アパートの外に出ましたが、普段の朝の風景と変わらず皆が生活をしている。「この事件をまだ知らないの?」などと考えたり、とても乾いたような、揺れているような空気感を感じました。
私が住んでいたのはマンハッタンのコロンビア大学の近く、そこからワールドトレードセンターまで地下鉄で30分か40分ぐらい。そうこうしている内に心配していろんな人から電話がかかってくる。

★まずは、メイリングリストなどを活用して生徒が無事かを確かめる。
みんな必死で連絡を取り合う、ただどうしても一人だけ連絡がつかない、国際電話までかけてやっと連絡がとれる。 すべての交通機関がストップしたので、帰宅できない生徒に自宅を開放する。

★私の仕事は音楽やダンスの素晴らしさを伝える事
他のダンススタジオは5日前後でほとんど再開していましたが、こんな事があってどのようにレッスンをするべきか!?私は相当悩みました。そして数週間後、レッスンを再開。初めに「みんな生きていて良かった」とビッグハッグ(皆で抱き合う)をする。涙を流す生徒もいましたが、楽しくレッスンを終える事ができました。一瞬かもしれませんが、元の生活に戻った安堵感がありました。再開して良かった!人の真の温かさ、体が動く事、そして踊れる事とは何かを考えさせられます。

★いろんな職業の方がいます。
医療関係者は手当をし、土木関係者はビルの解体をする。しかし「私には何が?」そこで普段から活動をする事を選び、それがこのチャリティーパーティーです。

チャリティーパーティーは最も優しく温かく踊れる空間であり、大切なレッスンになります。

あるボランティア団体からの3つのお願い

@知る事
A収入の一部を寄付
B自分自身が一生懸命生きる事

ニューヨークでは911テロ後、1週間で通常の暮らしに戻ることを誓った。
その意味は「テロに決して屈しない」

寄付金総額238万円(2011年8月21日現在)

寄付先
★老人養護施設へカーネーション〔8千円〕
★子供養護施設〔3万6千円〕
★ダンサー・イザベラの入院費〔5千円〕★ユニセフ〔11万円〕 
★新潟県地震と新潟豪雨〔30万円〕★スマトラ沖地震〔5万円〕
★タイ・孤児〔1万円〕 ★三宅島〔12万円〕
★日本補助犬協会〔5万円〕★台風14号災害〔10万円〕
★パキスタン地震〔6万円〕★長野県豪雪〔14万円〕
★ジャワ島災害〔12万円〕★日本難民センター〔10万円〕
★150匹犬猫ボランティア〔6万円〕
★全国介助犬協会〔15万円〕
★富山県高波被害〔20万円〕
★岩手・宮城内陸地震〔14万円〕
★能登半島地震義援金 〔6万1千円〕
★スマトラ島バタン沖地震災害〔14万円〕セーブザチルドレンを通して
★サモア地震津波災害〔10万円〕日本ユニセフを通して
★フィリピン台風災害〔10万円〕日本ユニセフを通して
★ハイチ地震災害〔10万円〕日本赤十字を通して
★東北地震災害〔12万円〕日本赤十字を通して

チャリティーの大切さを理解して頂き、参加できなくても募金や差入れをしてくれる生徒達がいます。
ありがとう。

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